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現実的な解

…と表題に掲げて、何についての代案なのかを推測してみてほしい。
一応問いかける形を取ったので、続きは追記の形で書くことにしよう。
俺がちょっとばかり問題提起したいのは、原発の話である。
世の中、声ばかりでかい反原発集団(彼らは一般市民と自称しているが、一般市民はあまりそういう自称はしないと思うが如何だろうか)が、原発即時撤退待ったなしと威勢は良い。
だが、彼らの主張の中で「その先」についての筋道立った未来図が語られているかといえば、少なくとも俺の視点ではそのようには見えないのだ。
ひとまず、大きな論点について少々語ることにしよう。

まず、彼らが問題視する廃棄物の問題。これは結局のところ「埋める」というところが現状導きうる最短の解だろう。技術的には確立しているので、そういう施設を稼動させられる立地さえあれば事足りる。
しかし、反原発集団自身がそういう施設をも拒絶する姿勢を固持する限り、問題解決は遠そうだ。

次に、原発の代替となる発電施設に関する問題。反原発集団は色々と理由を並べ立てて原発不要と主張しているが、震災前の段階で国内の総発電量の3割を占めていたとされる発電能力が一挙に失われて、全く影響がないなどとは考えられない。
少なくとも、原発並みに安定的に発電できるか、需要に合わせて発電量を調整できる発電設備を準備できるまでは、「我慢して」原発を使うという柔軟な考え方くらいは示して頂かねば、「原発のない世の中」とやらはだいぶ暗澹としたものにならざるを得ない。そんな理想のために、「停電のない世の中」を捨て去れるほど、俺は人間ができちゃいないのだ。

さらに付け加えて言えば、現状原発はほぼ停止しているが「停電せずに済んでいる」というのは原発不要論を支えるには弱すぎる。
各電力会社管内で、ピーク時に発電能力が逼迫するというのは大きな危険を内包していることの証左であり、それこそ発電所の不調や地域的な災害といった、震災前であれば気にもならなかった事象で停電の危機に陥るというのはやはり問題だろう。
日常的に災害が起こる国だからこそ、多少の障害では揺るがないライフラインがもたらす安心感を求めたいのだ。

---
なお俺自身は、上記の「短期的な」問題さえちゃんと解決できるのであれば、別に発電方式に拘りは無いのだ。
電気がどんな時間にも必要なだけ使えるのであれば、その原料や原理に興味を示す必要はない。
自然エネルギーにしても、大容量で寿命の長い(そして省スペースな)蓄電施設が作れるようになれば、現状の不安定性をある程度補えるだろうし、需給調節を火力や水力に過剰に押し付けずに済むことも期待できよう。

崇高な理念を掲げるのは大いに結構だが、その理念が現実的な支持(盲目的な賛同でない支持)を得るためには、その理念がもたらす利益と、損失の代替や円滑な移行手段を、理性的、理論的に示すことが必要だ。
理念に賛同しないものを排除し、粛清するような手法を繰り返してまで支持を強要すれば、いかに崇高な理念であろうとも「唾棄すべき邪教の教義」と見なされ、最終的には彼ら自身が歴史から排除され、抹消されることになるのではなかろうか。
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