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法の無力

中東の冒涜的なテロ組織に拘束されていた人質が、2名とも斬首されたことが、ほぼ確定した。
国際法や慣習を無視し、野蛮な方法で多くの人々、とりわけイスラム教徒を冒涜しているあのような存在を許してはならない。
現状の日本にできることは限定的だが、政府が冷静に対応していることは幸いである。

不穏な事態

欧州から中東にかけて、ここ最近非常にきな臭い。

まず、昨年あたりから、東欧ウクライナ周辺のゴタゴタを皮切りに、流血沙汰が急増した。
特に厄介極まりないのが、『イスラム国』を自称するテロリスト集団だ。
カルト化した集団の危険性は、20年前に起きた毒ガス事件を引き合いに出すまでもなく、日本人でも何となくは知っていることだろう。しかし、『イスラム国』の恐ろしさは、国際的なネットワーク、潤沢な資金、世界中から新たな狂信者を次々に引き込む宣伝力、無慈悲で残忍な破壊活動だけでは語れない。
彼らが信奉していると主張する、イスラム教を信仰しているすべての人々に対して、不信や猜疑の目が向けられる空気。これを生じさせたことが、事態を加速度的に悪化させているというのが、俺の見立てである。

そして先日、さらに大きな事案が起きた。
フランスの出版社へのテロ。辛辣なイスラム教風刺を『神への侮辱』と主張する、『自称イスラム教徒』(表記としては正確ではないが、過激な狂信者とそうでない信徒とを区別するためにこう表記した)の一派が襲撃し、出版社のスタッフが殺害された事件だ。
この事件で、フランスでは『表現の自由守れ』の世論が燃え上がる形となり、一部では北アフリカ系移民(かつての植民地から移入してきた人々も少なくない)への忌避行為も起きているらしい。

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非寛容的な思想を持つ集団がある場所には、多かれ少なかれ諍いが生じるものだ。
その諍いが破壊的な方向に向かわないためには、彼らが相手側の受忍しうるところまで寛容にならねばならない。
その解決法が望めない現状は、残念ながら悲観的である。
これ以上悪化しないことを空しく祈って、この項を終わる。

不穏な空気

世界の各地で穏やかならぬ出来事が相次いでいる。

ウクライナとロシアの領土紛争、
イラクとシリアに出現した、狂信者集団による自称国家、
南シナ海の島々に強欲な触手を伸ばす中華共産帝国、
西アフリカに端を発するエボラ出血熱の蔓延など…。


ここから先は、俺の個人的な見解になるが、何となくここに書かねばならぬと思ったのだ。
世界の不安定化が進んだ背景には、大きな軍事行動を踏みとどまらせる圧力が弱まったことがあるのではないかと思う。
その圧力の源泉は、連合国であり、その盟主であるアメリカの軍事力であった。

しかし、第二次大戦の戦勝国の同盟組織に端を発する連合国は、その中核を担った5カ国が議決の拒否権を有するため、この5カ国の中に利害関係者がいれば、有効な手を組織として打ち出すことができないこともあり得る。そして今回の場合は、その5カ国の中から不穏な行動が出てきたことで実際にその状況に向かいつつあるように見える。この連合国が、今後もその威厳を保たんと欲するならば、拒否権を廃止するくらいの無謀な組織改造も必要になってくるのではないか。

一方で、アメリカは単独での戦闘力が群を抜いており、連合国としての枠組みの外側から、各地の紛争を『アメリカの国益にかなう形で』解決すべく動くことが多かった。だが、現政権は武力行使に消極的で、前政権が展開した部隊の撤収を進めるなどしていた。もちろん、本来はそれが望ましいことだったのだろうが、結果としては、特にイラク北部の狂信者集団にとっては別の意味合いに解釈されるような選択になってしまった。

そして、自称共和国たる中華共産帝国。統制された情報の堤から漏れ出る話を拾うと、不動産市場がバブル経済化しているのではないか、とか、チャイナリスクに恐れをなした企業の撤退がじわりと始まっている、とか、事実(あるいはそれに近い見立て)であれば実におっかない事態が『金盾』の向こう側で生じていることになる。
南シナ海での蠢動が、その事態に対する論点逸らしで行われてるとすれば、過激化する可能性は高いだろうし、そうでなかったとしても、変に手を緩めれば中国共産党への弱腰批判を招き寄せることになる。その見立ての範囲では、彼らはもはや押し続けるしかない、ということになる。
もちろん、何らかの落としどころが見つかれば、自分の利益に正直な彼らのこと、どうにか手打ちにするのだろうが。

そんな中、西アフリカで発生した凶悪な伝染病はじわじわと拡散しつつある。
開発中の治療薬が緊急避難的に提供されるなど、現状では柔軟に対応ができているが、それでも既に多くの犠牲者が出ており、やはり恐ろしい部分ではある。その早い封じ込めが望まれるところである。


俺が望むのは、こういった混乱に自分の周辺が巻き込まれないこと。これに尽きる。

「普通」化への第一歩

7月1日、集団的自衛権を行使できる条件を含めた、新たな憲法解釈が閣議決定された。
慎重派とされる公明党とのすり合わせの末、実に限定的で厳しい条件を付されたが、今まで他国任せにするより無かったことのいくつかを、日本の判断と責任で行う決心を示したことは、評価に値する。

70年の曲折を経て、ようやくの小さな第一歩。
『もはや戦後ではない』と、本当の意味で言えるようになるための第一歩が、やっと示されたのだ。

都知事の品格

東京都知事選挙の立候補予定者が次々と名乗りを上げていると、世間では話題になっている。
俺は生憎と山を挟んだ裏側の県に住んでいるので、そこで何が起こったとしても対岸の火事でしかないのだが、
まぁ愚痴を言いたくもなるのでここに吐いておくことにする。

候補者のごく一部に、脱原発を掲げる候補者がいるようだが、それは言外に『何かあったら急に停電するけどいいよね』と公言しているようなものだと、俺は思うのだ。
現状、『何事もなければ安定供給は可能な状態』を、各地域は維持しているようだが、原発を動かしていた当時はもっと余裕のある供給体制になっていただろうことは想像に難くない。電力需要のピークとなる時期に節電を『要請』しなければならないという状況は、やはり危うい。

もちろん、原発以外の手段で震災以前の(節電が要請でなく単なる環境活動と認識される)供給体制に十分近づくというのであるなら、それは立派な主張であるし、真っ当な支援者も得られることだろう。
しかし現状、大手を自認する報道屋の記事の中にさえ、そういった現実的なアイディアを見出すことは出来ていない。
大体出てくるのは、太陽光発電や風力発電といった、現状では電力会社からカネを抜き取るために構築されたシステムなしに採算を取るのが困難で、しかも供給力を制御できない発電システムの礼賛記事くらいなものだ。
今後の研究次第ではそれなりに戦力となる可能性を秘めた技術であることは認めるが、将来の夢をいくら論じたところで、今日使う電力がそこから取り出せるわけではないのだ。

ならば、どこから今日使う電力をかき集めてくるか。
言うまでもなく、既存の発電設備からしか、今日使う電力は取り出せない。
脱原発を看板にするなら、最低限、今日使う電力の調達先を示し、安定供給を維持できる新しい技術のコンセプトを提示した上で、原発を止める道筋を描いていただきたいものだ。
その道筋が描けるなら、新しい技術は原発に代わる新しい輸出品にもなれるだろう。

もっとも、現状名乗りを上げている中で、『外野から見て』一番期待できる候補は、元自衛隊の田母神氏なのだが。
散々脱原発に関して助言を打っておいて、このオチである。
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