大事の前の小事

国会コントの話。
最近だと、野党の要求で閉会中審査が数度行われたが、その内容の小さいことといったらもう。

獣医学科が新設されたところで、経済的に重大な損失を被る人がどれほどいるか。
自衛隊の日報問題が原因で、犠牲になる民間人がどれだけいるか。

少なくとも。隣の半島の、国旗に星印の入った国が何かの拍子に暴発して危険な極太をまき散らした結果生じるであろう損失・犠牲に比べたら、ほとんど無視できる程度のものではないか。
そういう小さなことをつついて悦に入ってる暇があるなら、その分北朝鮮対策のために必要な法整備を進めるべきではないか。
そして、その議論の先には、欠陥憲法の応急修理も避けて通れないはずだ。

法的に統制された軍隊なしに、国民の基本的人権を安定的に維持することはできない。
法の力は、それに従う意思のない輩には及ばない。その無法に抗うためには、その無法を制圧するに足る力が不可欠だ。

野党がひな壇芸人を卒業するためには、まずそこから始めねばならないだろう。
…まぁ、残念なカルト宗教(9条原理主義の会)に身も心も蝕まれ腐りきった、あの連中にそれができるかは知りませんが。
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軍靴の足音は無慈悲にやってくるのか?

38度線周辺がここ数年で最高にきな臭くなってきた。
数日前のシリアでの一件から一気にコトが動いたし、日本政府の方も対応に追われているようである。

ただ、実のところ駐韓大使の一時帰国措置を解除したあたりから、半島周辺で動きがあるのでは、という気配はあった。
安倍政権の今までの外交対応から見て、『慰安婦像』の件を軽々に扱っているとは考えにくい以上、何か重大な事態が、あの半島で起きる可能性が無視できないほどに高まったということなのだろう。
実際、措置解除から半月もたたずに、北の国から無慈悲な軍靴の足音が聞こえてきたわけで。

米国のここ最近の動きは、まさしく機先を制すべく先手先手を取りに行っているように見える。
特に、米中首脳会談で根回しをしたあたりは、トランプ政権の実力を測る材料になりそうだ。
実力部隊を半島近辺に準備し、次の一手を打てる状態を見せ、中国に対応を迫っているようにも見えるが、果たしてどう転ぶか。

もっとも、今の我々は昭和憲法に簀巻きにされてるせいで、『頭上から極太が降ってこないことを祈るしかない』という割と情けない状態なのだが。
まぁ野党の怠慢と傲慢が解消するまではその情けない状況を我慢することとしよう…。

一本列島

去る26日、北海道新幹線が開業した。
…とは言っても、新函館北斗駅の位置は北海道全体から見れば端っこも端っこなのだが。
しかし、難工事の末に建設された青函トンネルが、その本来の使命を果たす日が来た事を含め、
多くの人々にとって記念すべき日となったことは確かだろう。

そしてその陰で、惜しまれつつも記憶の彼方へと旅立って行ったものもあった。上野から北を目指した夜行列車たちである。
交通機関の世代交代であるから、これもまた仕方のないことではあるのだが、『連絡船』も『夜汽車』も、もはや死語となりつつあるのかもしれない。
そんなところに、一抹の寂しさを感じてしまうあたり、俺もトシを食ったということだろうか…。

5年前を思い出してみる

『あの日』から5年になる。ちょうど『あの日』も、金曜日だったと思う。
俺は自室の、PCの前にいた。天気は悪くなかったと思うが、なぜか外出はしていなかった。

14時46分、地鳴りのような音に続き、ゆっくりとした大きな揺れが新潟に到達した。
感覚的には1分ほど揺れていたような気がする。真っ先にラジオをつけ、837kHzに合わせる。当時から、災害の時はNHKの情報を拾うことにしていた。
アナウンサーの読み上げる震度情報は、速報では震度3以上の、都道府県とその中の地域までしか流れない。だが、そこに羅列される多数の地域名と、大津波警報という単語が、災害の甚大さを予感させた。
そして、地震発生から数十分の後、太平洋沿岸に、巨大な津波が押し寄せたのだった。

テレビ中継の画面に映し出される破壊の光景。あまりに現実離れした光景は、阪神淡路の日の朝のテレビの中継の衝撃を思い起こさせた。だが、その衝撃はその比ではなかった。
破壊と壊滅の光景が、東北太平洋沿岸の数百kmにわたって広がっていくその様が、現に目の前のテレビに映し出されているのだ。
阪神淡路の時、地震発生は早朝だった。朝起きてテレビに映し出された映像は、既に破壊が進んだ後の光景であった。
だが、『あの日』のそれは、今まさに目の前に映し出される中継画像の中で、逃げ遅れた車が津波にさらわれるなど、今思い出しても恐ろしいほど残酷な破壊の現場であった。

あれから5年が過ぎた。
復興は道半ばだが、それでも着実に前進しているという話は、日々、様々なところから聞こえてくる。
もどかしさに逸る気持ちを抑えながら、故郷の復興に尽力する人々の姿に、人間の底力を見た気がした。

犠牲者の冥福を祈る。

”猫駅長”逝く

和歌山電鉄の”猫駅長”として、日本はもとより海外でもその名を知られた三毛猫「たま」が22日に逝去。
16歳(人間ではおよそ80歳に相当)だったとのこと。
地域に愛され、多くの人々に愛された”駅長”の死を、各新聞オンライン版が速報している。

一時は廃止の瀬戸際にあったローカル線を、全国区の観光名所へと変貌させた”名物駅長”。
その多大な功績は、永く語り継がれることだろう。
今まで、お疲れ様でした。
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のー天気

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