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もう10年になるんだな…

ちょうど10年前、2007年の8月31日。
初音ミクが『デビュー』した日、と表現しようか。

あの当時、『彼女』がここまで広く知られる存在にまでなるとは、正直思っていなかった。
初動の勢いはともかく、熱しやすく冷めやすいあの界隈の流行りであるから、持って2年、そこでまだまだ人気を維持していれば一部に残り続けるかな、くらいのところが精一杯だろう、と、当時は思っていた。

甘かった。
『彼女』の歌はWebを伝って世界中に拡がっていった。
そして、『彼女』をきっかけに数えきれないほどの、音楽だけにとらわれない様々な表現がWeb上に溢れていったのだ。
そうこうするうちに、2年はあっという間に過ぎてしまった。
テレビCMに起用されたことも、記憶に新しい。

そして10年。『彼女』は今でも、日本生まれの人気キャラクターとして広く知られている。
『彼女』をきっかけに世に出たアーティストも少なくない。
それだけの影響を、『彼女』は世の中に与えていたのだった。


多くの人に愛される、歌って踊れる仮想の歌姫。
ちょっとキザな言い回しだが、『初音ミク』を端的に表現するとしたら、俺の中ではこんな感じだ。
そんな『彼女』のことだ、もう10年しても有名で人気のキャラクターで居続けるような気がする。
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大事の前の小事

国会コントの話。
最近だと、野党の要求で閉会中審査が数度行われたが、その内容の小さいことといったらもう。

獣医学科が新設されたところで、経済的に重大な損失を被る人がどれほどいるか。
自衛隊の日報問題が原因で、犠牲になる民間人がどれだけいるか。

少なくとも。隣の半島の、国旗に星印の入った国が何かの拍子に暴発して危険な極太をまき散らした結果生じるであろう損失・犠牲に比べたら、ほとんど無視できる程度のものではないか。
そういう小さなことをつついて悦に入ってる暇があるなら、その分北朝鮮対策のために必要な法整備を進めるべきではないか。
そして、その議論の先には、欠陥憲法の応急修理も避けて通れないはずだ。

法的に統制された軍隊なしに、国民の基本的人権を安定的に維持することはできない。
法の力は、それに従う意思のない輩には及ばない。その無法に抗うためには、その無法を制圧するに足る力が不可欠だ。

野党がひな壇芸人を卒業するためには、まずそこから始めねばならないだろう。
…まぁ、残念なカルト宗教(9条原理主義の会)に身も心も蝕まれ腐りきった、あの連中にそれができるかは知りませんが。

軍靴の足音は無慈悲にやってくるのか?

38度線周辺がここ数年で最高にきな臭くなってきた。
数日前のシリアでの一件から一気にコトが動いたし、日本政府の方も対応に追われているようである。

ただ、実のところ駐韓大使の一時帰国措置を解除したあたりから、半島周辺で動きがあるのでは、という気配はあった。
安倍政権の今までの外交対応から見て、『慰安婦像』の件を軽々に扱っているとは考えにくい以上、何か重大な事態が、あの半島で起きる可能性が無視できないほどに高まったということなのだろう。
実際、措置解除から半月もたたずに、北の国から無慈悲な軍靴の足音が聞こえてきたわけで。

米国のここ最近の動きは、まさしく機先を制すべく先手先手を取りに行っているように見える。
特に、米中首脳会談で根回しをしたあたりは、トランプ政権の実力を測る材料になりそうだ。
実力部隊を半島近辺に準備し、次の一手を打てる状態を見せ、中国に対応を迫っているようにも見えるが、果たしてどう転ぶか。

もっとも、今の我々は昭和憲法に簀巻きにされてるせいで、『頭上から極太が降ってこないことを祈るしかない』という割と情けない状態なのだが。
まぁ野党の怠慢と傲慢が解消するまではその情けない状況を我慢することとしよう…。

憲法が国民の手に委ねられる日

先日の参院選の結果、昭和憲法原理主義勢力(以下、『原理主義者』)が衆参ともに3分の1を割り込むこととなった。
これによって、昭和憲法の実施からおよそ70年で初めて、憲法の再整備が可能な状況が可能な状況が生まれたことになる。

喫緊の課題は少なくない。
特に、災害常襲地帯にありながら、緊急事態に対応するための規定が皆無であることは重大な欠陥と言える。
迅速な対応が現場、国会ともに求められる状況で、法的根拠のために躊躇が生まれることは望ましくない。その躊躇が奪う人命があるかもしれないのだ。
一時的に政府の権限を強化するかわりに、一定期間内に両院の事後承諾を受けるような規定にする――など、『原理主義者』が主張する『強権政治』を抑制しつつ、必要な時に迅速に発動できるものに整える知恵を出す余地はまだまだあるはずだ。
他にも、昭和憲法では明文化されていないが一般的に認められている権利を追認することや、国防組織の位置付けの明確化なども、法治国家と謳う以上、法に定義するのが筋ではないだろうか。

嘆かわしいのは、憲法学者を名乗る人たちの殆どが、『原理主義者』の側にのうのうと居ることだ。
憲法学者というものは、前段で示したような事柄を研究し、あるいは他国の事例を参照して、自国の憲法を洗練することを促す最前線に立つことが、その本分なのではないだろうか、と俺は考える。
もちろん、ある一時期において、最適化された状態が続くこともあるだろう。だが、世の中は目まぐるしく事態が変遷するのだから、いずれどこかで無理や矛盾が生じると考えるのは、ごく自然なことだ。
そういったところで、その本分を果たさず、ただただ「現行憲法で対応できる。だから手を触れるな」と繰り返すようなら、いずれ『憲法学者』という単語のルビに(きゅうりょうどろぼう)と振られる屈辱を味わうことになるかもしれない。

憲法改正の国民投票に参加する機会が、俺の生きている間に訪れたとき、気持ちよく賛成票を投じられるような案が示されることを、一国民、一市民として強く望む。

一本列島

去る26日、北海道新幹線が開業した。
…とは言っても、新函館北斗駅の位置は北海道全体から見れば端っこも端っこなのだが。
しかし、難工事の末に建設された青函トンネルが、その本来の使命を果たす日が来た事を含め、
多くの人々にとって記念すべき日となったことは確かだろう。

そしてその陰で、惜しまれつつも記憶の彼方へと旅立って行ったものもあった。上野から北を目指した夜行列車たちである。
交通機関の世代交代であるから、これもまた仕方のないことではあるのだが、『連絡船』も『夜汽車』も、もはや死語となりつつあるのかもしれない。
そんなところに、一抹の寂しさを感じてしまうあたり、俺もトシを食ったということだろうか…。
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